柴三郎のキセキ

学祖である北里柴三郎はどのような軌跡を歩んできたのか。さまざまな功績に隠された、知られざるエピソードをご紹介します。

vol.3

伊東の別荘内にあった室内温泉プール。近所の子供たちとボートに乗った柴三郎

かつて、静岡県伊東市の温泉街を流れる松川の河畔に、北里柴三郎が自ら設計し、2年の月日をかけて建設した別荘があった。完成は大正2年。名人といわれた宮大工出身の地元の棟梁が造った雄大な純和風建築で、柴三郎はこの別荘がたいそう気に入り、夏になると毎年、この別荘を訪れたという。

中でも柴三郎の一番の自慢は、日本初の室内温泉プールだ。しかもこの大きさが桁はずれで、20メートル×10メートル、深さ2メートル、畳にすると100畳分という豪快なものだった。小舟を浮かべて遊ぶこともできたそうだ。

このプールは一般の人にも広く開放され、特に子供を歓迎したことから伊東の人々に「北里さんの千人風呂」と親しまれて、純和風の建物と共に伊東の名所になった。

柴三郎が、このように大きなプールを造ることになったのは、彼の一徹さと負けず嫌いが一因だといわれている。万国医学会出席のため訪れたハンガリーで、市営の大きな浴場や温泉プールに欧州各地から多くの人が集まるのを見て、温泉が豊富な伊東にもそのような施設を作るべきだと提案した。ところが当時の町の財政では遠く及ばず、町議会で否決されてしまったため、「それなら」と、自ら別荘内に作ったのだ。

予防医学の先駆けともいえる温泉療法を実践したこのプール、現代でいうクアハウスだ。華族や皇族の方々の宿になったり、医学関係者や学者、政治家、実業家など、多種多様な人々が訪れた。伊東に滞在する人が増え、旅館の数が増しただけでなく、伊東に別荘を構えるもの者も増加。静養・保養の別荘文化を日本に根付かせるきっかけにもなった。

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