今から一世紀近く前、第一次世界大戦の影響により、それまで日本で広く使われていたドイツ製体温計の輸入が途絶えた。この事態に危機感を抱いた当時の医療関係者らは、世界的な医学者であった北里柴三郎の賛同を得て国産体温計の製造会社を設立。これが今や日本を代表する医療機器メーカーとなったテルモ株式会社の前身である。

北里大学薬学部から大学院に進み、修士課程を修了した平井は、テルモの研究開発本部で製品の安全性評価に携わる。カテーテルや人工心肺装置、輸血・血液治療関連システム、家庭用のヘルスケア用品まで、テルモの事業領域は幅広く、製品の提供先は世界160か国以上に及ぶ。その膨大な製品に使われる各種材料が、生体に対して毒性を持ったり、アレルギーを起こしたりしないかを調べるのが平井の役割だ。

「生理食塩水やアルコールなどを使って製品から抽出した物質を高精度な装置や方法で厳密に評価します。常に患者さんにとって何が最善かという視点で判断を下すよう心がけています」

もともと子どもの頃から化学実験が大好きだった平井の夢は、製薬会社で創薬に携わることだった。しかし、就職活動を進めるうちに、テルモが医療機器と医薬品にまたがる先端分野に取り組んでいることを知り、「薬だけをやるより面白そう」と志望を決めた。

そして入社後、現在の部署に配属された平井を待っていた仕事は、まさに医療機器と医薬品の融合製品である「薬剤溶出型ステント」の開発だった。ステントというのは狭くなった血管を内部から広げる筒状の医療機器のこと。テルモは2010年に日本で初めて、血管の再狭窄を防ぐ薬剤を塗布した改良型ステントの製品化に成功した。この快挙を平井も開発スタッフの一員として支えた。

「前例のない課題に対して、さまざまな仮説を立てながら探偵気分で挑む。そのワクワクする気持ちや、答えがひらめいたときの達成感が仕事の醍醐味ですね」と語る平井。そして、この感動に近づくためにいつも意識しているのが、学生時代に恩師から学んだ「セレンディピティ」という言葉。これは、何かを探しているときに別の価値あるものを見つける能力や才能のことで、イギリスの細菌学者フレミングによる抗生物質の発見など、数々の偉大な研究エピソードの中に見出すことができるという。

「科学技術のブレークスルーには、広い視野や柔軟な思考、注意力が大切なことを教えてくれる、含蓄に富んだ言葉なんです」

この他にも学生時代にたくさんの価値ある知識や経験に出会えたと振り返る平井。中でも一番の収穫というのが、薬学部の後輩だった現在の奥さんと巡り合えたこと。現役の薬剤師でもあり、「医薬品については自分よりはるかに詳しい」と、その専門知識にも信頼を寄せるかけがえのない存在だ。

「家庭を持ち父親になったことで、『子どもたちの医療に貢献する製品を開発したい』という思いを強く抱くようになりました。未来社会の主役を自分の手で元気にしてあげられたら幸せですね」

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