たった1グラムの土でも、その中には何千種類もの微生物が棲んでいる。それらの中から特異な微生物が発見されると、創薬の思いがけない新たな道を切り開くケースは珍しくない。

1979年、北里生命科学研究所の初代所長・大村智(現学校法人北里研究所顧問)は、伊豆で採取した土壌から寄生虫に有効な1つの新しい放線菌を発見。アフリカや中南米などの熱帯地域で蔓延していた風土病の予防・治療に画期的な効果をもたらす、抗寄生虫薬「イベルメクチン」の開発につなげた。この新薬はWHO(世界保健機関)指導のもと、今も年間2億人を救い続けている、その大村から薫陶を受け、天然物化学・有機合成化学の道を歩み続ける一人が、砂塚敏明だ。

砂塚はペニシリンを代表とする4大抗生物質の1つとされる、マクロライドの研究を大きなテーマに掲げている。マクロライドとは環状の分子構造を持つ抗生物質。その環構造には千差万別のバリエーションがあり、構造ごとに特有の機能を示す。

「一部のマクロライド系抗菌薬が、抗菌だけでなく消化管運動促進や抗炎症作用も示すことがわかっています。そこで環構造を改変し、それぞれの効能に特化した新薬へ導けないかと考えています」

砂塚の研究室では、すでに3千種類もの誘導体(母体の構造や性質を改変した有機化合物)がサンプル保存されている。砂塚は、ここから成果を出していくには、外部との共同研究が欠かせないと強調する。

「企業や大学など、さまざまな専門領域を持った外部の方々とのパートナーシップが大切。いい薬とは、一人で創れるものではありません」

その好例が、明治製菓との共同研究により開発された農業用殺虫剤、ME5343だ。同剤はアブラムシ類に著しい駆除効果を発揮するうえ、有用な生物への影響や土壌残留などの環境負荷がきわめて少ないという特性を併せ持つ。ヨーロッパの厳格な環境基準もクリアし、2010年5月には明治製菓とドイツBASF社とで、ME5343開発・商業化のライセンス契約が結ばれた。

さらに砂塚はブラジル厚生省管轄の研究財団とも、WHOより特に治療困難であると位置づけられた「Neglected disease(顧みられない病気)」の治療薬の開発に向けて共同研究をスタートさせた。将来は若い研究者たちの交流も計画されている。

「学生たちにも、互いにコミュニケーションをとれ、意識して外に出ろ、と。そうやって励むうちに、予想を超える結果が導けたりするんです。たとえ結果が出なかったとしても、自分の研究は自分の人生の財産になる。北里に籍を置いたこと、この研究室で学んだことを誇りに思ってもらえるよう、親父のような気持ちで彼らに接し、期待しています」

ある日、恩師の大村から『機忘』という言葉を贈られた。「余計なことは考えず、まっすぐに人の道を歩んで行く」。この二文字は、砂塚の座右の銘となっている。

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