ウィルスや細菌、ホコリなどの異物が体内に入ってきたとき、人間には自らの力でこれらを駆逐する生体防御システムが備わっている。そのシステムの主役が白血球。異物(敵)を食べたり、武器を作ったり、敵の侵入を察知して仲間に伝えたりなど、統率と訓練の行き届いた防衛軍を構成する、精鋭たちの集まりだ。

「白血球にはマクロファージや樹状細胞、T細胞、B細胞、好中球、好酸球、好塩基球などの種類があって、それぞれに得意とするポジションがあり、担う役割が異なります。たとえば貪食細胞とも呼ばれるマクロファージの一部や好中球は、その名の通り敵を食べてしまう前線部隊。サッカーにたとえればフォワードでしょうか。

また、私の関心事であるT細胞の、なかでもヘルパー細胞とよばれる白血球は、B細胞に抗体を作るように命じる司令塔です。サッカーで言えば攻撃的ミッドフィルダー、背番号10をつけたチームの要ですね」

こう語るのは、北里大学メディカルセンターの研究部門に所属する小林憲忠である。勉学よりもスキーに夢中だった北里大学衛生学部産業衛生学科(現・医療衛生学部健康科学科)の4年次に出席した学会でT細胞と出会い、その面白さに取りつかれた医学博士である。

「T細胞というよりも、パネルディスカッションのパネラーとして出席されていた一人の先生に惹きこまれました。野本亀久雄先生。九州大学生体防御医学研究所を創立された、日本の免疫学、生体防御学における第一人者です」

学会の席上、小林は「臆面もなく」「不勉強きわまりない」質問をして、会場を凍りつかせてしまう。そのとき、「あきれることなく、一つひとつ懇切丁寧に説明をしてくださった」のが、野本先生だったのだという。

「この人のもとで学びたい」――そう思った小林の生活は一変する。それまでのスキー三昧の毎日を返上して勉学に没頭し、学部卒業と同時に北里大学大学院の修士課程に進み、修了後に九州大学大学院医学系研究科博士課程に合格。晴れて念願の野本門下生となり、研究者人生の第一歩を踏み出すことになったのだ。

小林が研究テーマに掲げるT細胞は、骨髄で生まれ、胸腺と呼ばれるリンパ組織を通るときに「自己と非自己を識別して、非自己だけを攻撃対象と見なす」免疫としての能力を叩き込まれる。いわば胸腺はT細胞を教育する学校ともいえる器官で、そこでは卒業認定試験も課される。試験課題は「自分に甘く、他者に厳しく」できるかどうか。落第の烙印を押された細胞は、血液中に送り出されることなく排除される。

「卒業試験の合格率は1割にも満たないほど。実に9割以上が卒業できないのです。それなのに、本来は攻撃対象ではない自己に反応して病気を引き起こすケースがある。関節リウマチなどの自己免疫疾患がそうですね。異物ばかりでなく自分にも反応する自己反応性T細胞が主要因です」

胸腺で行われる厳しい卒業試験で振るい落とされるはずが、教官の目を盗んで掻い潜ってくる強者がいるというのだ。胸腺は10代半ばをピークに退縮していくことが知られている。小さくなる分、目が行き届かなくなるのかもしれない。

自分をも攻撃するやんちゃな自己反応性T細胞を改心させることはできないのだろうか。

「先ほど司令塔の役割を担うヘルパーT細胞について話しましたが、近年の研究で、その中に、さらに上位的立場で命令をする、いわば監督のようなT細胞が含まれていることが明らかになりました。Th17というタイプです。そしてこのTh17は、ヘルパー細胞ばかりでなく、自己反応性T細胞の活性化にも影響していることがわかり、自己免疫疾患の治療標的として注目されています」

単純に考えれば、このTh17の動きを封じ込めれば自己免疫疾患は治療できる。しかし、ヘルパーT細胞の監督的な役割も担っているのだから、ただ抑え込めばいいというわけでもなさそうだ。

「人に悪影響を及ぼす原因を徹底的に取り除くという考え方は危険です。たとえば抗生物質は細菌の撃退に貢献しましたが、その一方で、自らをチューンナップして抗生物質の攻撃を撥ね退ける耐性菌を出現させました。

自然の中にあるものには、それが菌であれ、細胞であれ、必ず意味があるはずです。その意味をきちんと把握した上で、共存を図る必要があるのではないでしょうか」

自然界の一部であることを忘れた人間の振る舞いが、生態系を壊し、地球環境問題を引き起こし、将来の人類の生存を脅かしている。自然とのバランスを欠いた医療には、必ず「しっぺ返し」があるという。

「また、人の個性に応じた治療をもっと追究する必要もあるでしょう。この病気にはこの薬をこれだけ、と決めつけてしまうのは乱暴です。人それぞれであるT細胞の活性度に応じて、人が持っている治癒力をバックアップするような投薬や治療のあり方を探り、一定のレンジを導き出したい」

自然との「共存」による「バランス」の医療――大学で生物科学を学び、自らを「生物学者」と呼ぶ小林がめざす医療は、どこまでも自然体だ。

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