2012年7月23日、前年5月の閣議決定を経て結成された東京電力福島原子力発電所事故調査・検証委員会(畑村洋太郎委員長・東京大学名誉教授)から、最終報告書が提出された。通称・政府事故調。いまなお予断を許さない福島原発事故の検証を「国民の目線に立って開かれた中立的な立場から多角的に行い、もって当該事故による被害の拡大防止及び同種事故の再発防止等に関する政策提言を行うことを目的」とした委員会である。

政府事故調の委員は委員長を含めて10人。北里大学薬学部出身の柿沼志津子もその一人だ。第1回会議の席上、柿沼は次のように語っている。

「みなさんが心配されている放射線の知識をご理解いただけるように進めたいと思います。事故が起きて以来、放射線被ばくの健康影響に関する一般の方への電話対応というものをしてまいりました。福島の方、原発サイドの方、これから原発作業に行く方、みなさんが心配されて電話をかけてきました。それ以外にも東京でも関西でも、放射線という言葉だけで不安に陥っている方々がたくいさんいらっしゃいます。最初の時点でみなさんを不安に陥らせないような対処ができなかったものか。そういう点を含めて、この会で検証に参加していきたいと思っております」(議事録から抜粋)

独立行政法人放射線医学総合研究所に所属。柿沼はその放射線防護センター・発達期被ばく影響研究プログラム発がんリスク研究チームでチームリーダを務める。

「放射線の生体影響研究では大人を対象としたデータが中心。子どもを対象にした研究が遅れています。それを動物実験で確かめるのが、私たちの目的です」

食べ物をはじめ、体外からさまざまなものを吸収して成長する子どもが、放射線の影響を受けやすいことは容易に想像がつく。しかしその検証は十分に行われてこなかったというのだ。

「放射線量の基準は、当初、医師や放射線技師、原発作業員など、職務上、放射線のリスクを被りやすい人の過剰被ばくを避けるために設けられました。でも、子どもだって医療検査でレントゲンを撮ることがありますよね。

その放射線が、発がんとどう結びつくのか、発達過程の段階にも照らしながら調べているのです」

所属する研究プログラムでは、すでに、マウスを使った実験で、放射線の影響を受けやすい時期が臓器ごとに異なることを明らかにした。脳腫瘍や腎がんは出生前の胎児期から新生児期まで、リンパ腫や肝がん、大腸がんなどは新生児期から幼若期に影響が大きいが、この時期を外すと、放射線による発がん感受性はずいぶん低くなる。対して肺がんは、幼若期から成体にいたるまで、時期の違いによる差は見られないという。

福島原発の事故で最も心配されたのが、やはり子どもへの影響だった。放射線量を測る線量計が飛ぶように売れた。マスメディアを通じて報道される「シーベルト」「ベクレル」などといった聞き馴れない単位がそれを助長した感もある。

「私たちは、微量とはいえ常に放射線とともに暮らしています。宇宙からは間断なく降り注いでいるし、地中から放出されている。何より生物の必須元素であるカリウムも放射線を出します。人間は自分の身体の中からも放射線を出しているのです」

こういったことも含めて、正しい知識をみなが持てるようにする「放射線教育」が必要というのが柿沼の持論だ。

第1回会議で「みなさんを不安に陥らせないような対処」のあり方を考えたいと語った柿沼の思いは、最終報告書にしっかりと生かされた。事故の原因究明に終始しがちな事故調の報告書にあって、政府事故調のそれには「放射線に関する国民の理解」という項目が設けられ、「情報がないためにいたずらに不安を感じたり、逆にリスクを軽視したりすることがないよう、できる限り国民が放射線に関する知識や理解を深める機会が多く設けられる必要がある」と、具体的な知識を列記して、放射線教育の必要性を唱えている。

もともと放射線の専門家だったわけではない。薬剤師をめざして秋田の高校から北里大学の薬学部に進学。薬剤師免許は取得したが、「仮説に基づいて実験の手法を考え、それでも思い通りにいかないこともある研究が面白くて」修士課程に進んだ。修了後は製薬会社の研究所やアメリカの研究所に勤め、主に抗生物質の研究に携わってきた。博士号取得はその後のこと。やはり抗生物質の生合成に関する研究が認められての薬学博士だった。

その過程では子育ても経験した。放射線医学総合研究所に勤めるようになったのは、「住まいのそばで、たまたま募集があったから」だ。

計画通りにいかないこともあれば、偶然の巡りあわせもあるごく普通の人生。でも、だからこそ、普通の目線でものが見られる。子どものことを何よりも心配する母親の気持ちが、よくわかる。

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