thumbOzawa1Medical Representativeの頭文字を取ってMR。製薬会社に勤務して、自社で開発した医薬品の、治験データなどに基づく有効性や安全性を医師をはじめとした医療従事者に伝え、その適正使用を促すことで製品の販売促進に貢献する、いわば営業担当者だ。薬剤師養成のための薬学教育が6年制となる前、北里大学薬学部の卒業生のほとんどは、大学病院の薬剤部などに勤務する薬剤師となることを希望し、実際に、その通りの進路をたどっていた。そんな中、自らの意思で、あえて製薬会社に就職してMRとなることを希望した卒業生がいた。アステラス製薬株式会社の九州支店で340人の社員の陣頭指揮を執る支店長(取材当時)・小澤克巳である。

「薬剤師に自分の将来像を思い描いて入学したわけではないんですよ。薬学部を志望したのは化学が好きだったから。新薬でも開発できれば一儲けできるかも、なんて不純な動機もどこかにあったりして……研究室も新薬製造工学研究室です。化合物と糖鎖をくっつけることで新薬を開発する、そんな実験を繰り返していました。処方箋にしたがって薬を調合するような仕事に就いている自分を想像できなかった。

thumbOzawa4それに、団体スポーツが好きで、大学ではサッカー部に所属していました。団体スポーツのように上下関係のある組織で、いろんな人と交わりながら働くことが、自分の成長に欠かせないと考えたんです」

合併して、アステラス製薬になる以前の山之内製薬に入社。当初は東京都区内の診療所やクリニックなどを担当し、医師と対面して、自社開発の医薬品の優位性を説明する職務に従事する。

「薬剤師の資格は持っていましたが、お医者さんと一対一で話をするということは、薬の治験データはもちろん、病気についてもお医者さんと同等の知識を持っておく必要があります。最新の文献を読んだり、大学時代以上に勉強の毎日でした」

もちろん、営業担当である以上ノルマも課される。

「インターネットなどない時代でしたから、アピールの手段は対面してプレゼンテーションする以外に方法はないので、ごまかしは一切通用しません。正しい知識をもった上で正しい情報を伝える。そればかりではなく、当時はお医者さんに受け入れてもらうための努力も必要でした。当時の営業は、おとなの仕事だったんです」

売り上げを伸ばすことばかりに気を奪われてしまった時期もあったという。

そんな小澤に、ある医師の話が、医療の一翼を担う社会的使命を帯びた職務に就いていることを気づかせてくれた。

「当時担当していた医師から新しく開発されたキノコ由来の新規抗がん剤を末期の胃がん患者さんに投与したところ、いったん退院できるまでに回復されたと聞きました。それを患者さんはもちろん、家族の方もとても喜ばれたと……お会いすることはないけれど、私たちが見つめなければいけないのは、お医者さんの後ろにいる患者さんやその家族のみなさんなんだということに改めて気づかされました。わかっていたつもりだったけれど、日々の仕事に追われて、売上ばかり気にしていた。目から鱗が落ちるような思いでした」

thumbOzawa2自らの仕事が、人に、社会に貢献できる職務であることへの気づいた小澤は、これまで以上に誇りとやり甲斐を持って職務にあたるようになり、同時に、売り上げ目標に対する負担からも解放されたという。

「売り上げは結果だということに気づいたんです。結局、努力した分しか売り上げはでないんですよ。思うような売り上げが出せないということは努力が足りないのか、努力の方向性を間違っているということ。お医者さんの顔色をうかがうのではなく、その向こう側の患者さんへに貢献する。そのために何ができるかと考えるようになったんです」

入社8年目には2,000人規模の医師が勤務する大学病院を担当。40歳を迎えた年には地方営業所の所長に抜擢され、以降、管理職として部下の指導や育成に心を砕く小澤に、管理職と心がけていることは? と尋ねると、

「部下を見守るとか育てるのではなく、自分も成長するということです。人を変えるのは難しい。でも、自分なら自分の努力で変えることができる。そして自分が成長して変われば、一緒に働いている部下も変わってくれる。自分で限界を決めてしまうと会社も部下も停滞してしまうんです」

thumbOzawa3その思いは、アステラス製薬のキャッチフレーズ「明日は変えられる」に通じるものだ。

「貢献」は、いまも小澤が心に抱くモットーだ。そして仕事に行き詰った部下を見かけると、かつての自分に声をかけるつもりでこう諭すという。

「病気で苦しんでいる人のためになっていますか」

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