2010年11月、岡山県倉敷市の訪問診療専門「つばさクリニック」に、ホームページで求人募集を見たという医師からメールが届いた。医師や看護師を常時募集する同クリニックにとって、募集への問い合わせは決してめずらしいことではない。ただ、そのメールには驚かされたという。現在の職務として「南極観測隊医療隊員」と記されていたからだ。メールの送り主は北里大学医学部の同窓生・岡田豊。大学時代はラグビー部のナンバー8として活躍し、主将も務めた行動派だ。卒業後は岡山大学医学部付属病院の医局に入局し、以降、12年間にわたって腕を磨き続けた外科医だった。

thumbOkada4「医局時代は外科医としての腕を磨きたい一心でした。手術も難しければ難しいほどやり甲斐を感じていた。でもあるとき気づいたんです。病気の子どもがいても手を差し伸べない、あるいは手を差し伸べることができない自分がいることに。差し伸べないのは外科医としてのプライドだけを被ったいやな自分。差し伸べられないのは外科しか知らないダメな自分。それは、医学部を志したころに思っていた医者の姿とはかけ離れた自分でした」

岡田が医療の道に進んだのは歯科医だった祖父の影響が大きいという。岡田の祖父は歯が痛いと聞けば時間外でも休日でも診療する、お金の代わりに畑で採れた野菜を受け取るような開業医だった。

「祖父が実践し、北里で学んだ『患者中心の医療』を忘れかけていたんです。当時の僕が目指していたのは、外科医としての腕を磨くための、いわば自分のための医療だったんです」

祖父に憧れて医療を志し、それならば口の中だけでなく、からだ全部を診たいと医学部に進んだころの自分を思い出した岡田は、患者中心の総合医になるための道を模索するようなる。

2002年、患者に寄り添う総合医になることを決意した岡田は、大学病院外科医の職を投げ出して南の島に向かう。

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「西表島です。診療科目を持たない総合医になるには、老若男女を問わず、病気もケガもすべて診なければならない離島診療が近道だと思ったんです」

沖縄県八重山諸島最大の島・西表島の人口は約2,300人。地域は大きく東部地区と西部地区に分かれ、それぞれに診療所が置かれる。岡田が赴任したのは約1,400人が暮らす西部地区の沖縄県立八重山病院付属西表西部診療所である。単身ではない、妻と、生まれて間もない子どもを連れての家族赴任だ。

「そこはある意味では予想通りの診療所でした。お年寄りも診れば子どもも診る。観光客もやってくる。重篤と判断した場合には八重山の本院にヘリで運ぶ、その判断もしなければならないし、時には同乗もする。総合医としての研修を受けることもなく、熱意だけでやってきた離島です。当初は戸惑いの連続で、自信が持てるようになるまでには2年ほどかかりました」

西表島の診療所生活にもすっかり馴染んだころ、岡田の心を揺すぶる情報が飛び込んでくる。

「南極観測隊には医師が帯同し、それは公募で選ばれることを知り、少年時代に心を躍らせた、人類初の南極点到達を競ったアムンセンとスコットの冒険譚が蘇ったんです」

縦突進はナンバー8岡田の真骨頂だ。「夢を見るように応募したところ採用されて」、2009年から国立極地研究所の所属となり、南極観測隊員になるための訓練を受けることになる。それは冬山訓練やレスキュー訓練など、医療とは無縁の訓練。重機操作も身につけた。そして同年、南極へ。第51次日本南極地域観測隊の医療隊員として、約2年間の極地赴任である。

「医師として帯同する医療隊員ですが、それは医療行為ができる隊員といった程度の意味で、現地では他の隊員とともに、肉体労働をともなう観測活動に従事します。医師の出る幕thumbOkada5などないまま無事任期を務めあげることができれば、それに越したことはないですからね。僕の任期中には比較的大きなケガ人が2人出ましたが、2人とも赴任先でケガを治し、そのまま任期をまっとうすることができました」

「とはいえ、何が起こるか分からないのが極地です。そのため、医療設備はありとあらゆるものが揃っています。薬もそうです。歯の治療だってしなければなりません。南極観測隊の医療隊員は、まさに総合医でなければ務められない職務なんです」

そして2011年11月、極地での任期も残すところ3か月ほどとなった岡田が、次の職を求めてメールを送った先が、つばさクリニックだったのだ。

訪問診療専門「つばさクリニック」。その名の通り、患者が来院するのではなく、患者が暮らす家や施設を訪ねて診療にあたるクリニックだ。契約患者数は約400人。それを4人の常勤医と6人の非常勤医、10人の看護師で担当する。同クリニックの副院長となった岡田の受け持ちは約100人。時には深夜に呼び出されることもある。

「訪問医はまさに総合医。患者に寄り添う医療を求めて西表島に渡り、南極にも行った、その経験が、いま活きています」

ラグビーの強豪国フランスは、状況に応じて横にも縦にも、臨機応変にクルクルとスタイルを変えながら攻めることを得意とする。そんなラグビーを、フランスのシャンパーニュ地方の名産品にちなんでシャンパンラグビーという。思い立ったら行動する岡田のスタイルはまさに縦突進だが、外科医から総合医への転身や、職場を移ることを厭わないそのスタイルは横展開にもみえる。岡田の医療人生は、臨機応変なシャンパン人生というのが相応しいかもしれない。

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