獣医師の活躍の場は動物病院ばかりではない。さまざまな家畜伝染病、カンピロバクター、腸管出血性大腸菌、BSE(牛海綿状脳症)など、食肉を介した健康被害を未然に防ぐために、市場に出荷された食肉の検査にあたる地方自治体職員はすべて獣医師資格の取得者で、公衆衛生獣医師などと呼ばれる。保健所などに勤務して、狂犬病予防や動物愛護管理を任務とする公衆衛生獣医師もいる。また、野生動物や生態系の保護・保善や、鳥インフルエンザ対策などを策定する職域にも獣医師の任用が望まれるが、獣医師資格者の確保が困難で、他の職域の人材でまかなう地方自治体も少なくない。人材不足の一因に、獣医師イコール動物のお医者さんといったイメージが災いしているとする声も聞かれる。

 

「動物のお医者さんになろうと思って獣医師になったわけではありません」

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そう語る伊藤志野はまれなケースなのかもしれない。北里大学獣医学部を卒業後、横浜市職員として採用され、いま、食肉衛生検査所でと畜検査などの任務にあたっている。

「わたしが好きなのは馬。中学生の時に大好きな競走馬がいて、テレビでのレース観戦が楽しみでした」

そんな伊藤の馬好きが進路に結びついたのは高校2年生のときだった。

「生物の先生が獣医師だったんです。獣医師でありながら生物教諭。将来の進路にとらわれすぎる必要はないことを知りました」

その生物教諭から、獣医師の本来の役割は公衆衛生の向上にあり、決して犬や猫のお医者さんが任務ではないこと、また日本の獣医学は馬の品種改良による軍馬の生産を目的として発展したことなどを聞き、獣医師の仕事というよりも、獣医師になるための学びに興味を抱くようになった。

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「獣医学科に行けば大好きな馬とふれあう機会もあるだろうし……どちらかというと、それがねらいでした」

かつて軍馬の生産が盛んだった青森県十和田市にあるキャンパスに惹かれて北里大学へ。在学中は乗馬クラブに通い、牧場実習を満喫し、研究室では馬の病気を分子疫学的に調査して卒論に仕立てた。

「獣医学科で学ぶからには獣医師の資格を取ることと、卒業後は地元の横浜に戻ることだけは決めていました」

在学中に生理学や生化学などの基礎を「しっかり仕込まれ」、大学2年の時には十和田の食肉衛生検査所を見学し、4年次には横浜市のインターンシップに参加して現職場を含む業務を体験したことで、入学時には漠然としていた将来の進路も「少しずつ見えてきた」という。

卒業後は思惑通り獣医師の資格も取得して横浜にUターン。横浜市の採用が決まった時から、「公衆衛生獣医師としてこの食肉衛生検査所に配属されるだろうな」と予想していたが、意外にも、当初は区役所の窓口勤務を命ぜられて「少し戸惑った」。

現職の検査所勤務は2012年4月から。いまでは20人を超える獣医師仲間と一緒に、食の安全を守る最前線で、毎日、600頭の豚肉と50~60頭分の牛肉の検査にあたっている。

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「と畜検査は一頭ごとに内臓、枝肉、頭部について、複数の公衆衛生獣医師で分担して行います。ここではじかれた肉は精密検査に回すのですが、この精密検査で、生理学や生化学、公衆衛生学といった知識が必要となります。また、残留農薬を調べる理化学検査や、BSE検査、放射能検査が必要なケースもあります」

日本の大学教育における公衆衛生獣医師になるための高度なカリキュラムはまだ発展途上というのが現状だが、「その基礎となる知識は学ぶことができた」という。

「動物の病気のことばかり勉強するのだろうと思って入学した獣医学科でしたが、生理学、生化学や公衆衛生学などもカリキュラム化されていて、そこで得た知識がいまの仕事の基礎になっています。食の安全に努める毎日の中で、大学で修得した知識や技能はもちろん、高校で学んだ生物や化学、物理などの基礎科目の大切さを、今さらながら痛感しています」

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全国で生産された食肉が集まってくる食肉衛生検査所。ここで検査を受けて合格となった食肉が全国に配送され、食卓に上る。

「責任の重さを感じている」

「ミスが許されない仕事」

伊藤の顔が引き締まった。

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